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「神様の杖」を持って・・・

自分の力を過信してしまうこと、よくあります。
日曜日の礼拝のお話はそういう内容でした。

牧師のヘソ先生は、ブログでも書いたとおり、
カンタスのストにひっかかり、
先週の日曜日、JCFAに来られませんでした。
(御存じでない方は、ここをお読みください。)


その時、シドニー空港であせりまくり、
Jet StarVirgin Blue(オーストラリアで良く利用される国内線)の
窓口に並び、なんとか帰れないものかと必死だったそうです。

早くても月曜日の便しか取れず、

「車でメルボルンまで行って、そこから飛行機に乗れないか。」
「もう車でアデレードまでいっちゃうか?!」


なんていう、無謀な計画も頭をかすめるほどだったそうです。


そんな時、頭にふっと浮かんだのは「神様の杖」という単語だったそうです。
この単語は、出エジプト記4:20に出てきます。




そこで、モーセは妻や息子たちを連れ、彼らをろばに乗せて
エジプトの地へ帰った。
モーセは手に神の杖を持っていた。





この時モーセは80歳でした。
それまでのモーセは自分の力や地位や考えで行動していた人でした。
そのせいで、人まで殺しましたから・・・


でも80歳になったモーセはようやくわかったようです。
神様に頼って歩むことを・・・


出エジプト記4:20より前の箇所には
ただ、「モーセがもっていた杖」という描写しかありませんが、
出エジプト記4:20以降、その「モーセの杖」は「神の杖」と
書かれるようになっていることが分かります。


べつに杖自体が変わったのだとは思いません。


自分の力や自分の頑張りで生きてきたモーセが
この事を期に、
神様の力や神様の導きに頼るようになったことを
意味しているのだと思いました。


私たちは、幼い人(年齢ではなく考え方が)ほど、
自分の杖」を持って、
道を切り開き、計画を推し進めていきます。

しかし、それは必ず息詰まったり、疲れたりします。

聖書は私たちに「自分の杖」じゃなく「神様の杖」を持って、
道を切り開き、歩みなさい、と教えているのではないでしょうか。



ヘソ先生は今回の経験で、「自分の杖」をまだ持っていた事を反省され、
これからいっそう「神様の杖」を握って歩みたいと思わされたようでした。
「神様の杖」を持って・・・_f0234165_10402577.jpg


私も同じ。

きっとみんなも同じ。



自分ががんばらなきゃ、じゃなく、神様とともに頑張りましょう。
そうすれば、1の力も1+無限大の力に変えられます。



今日の聖書のみことば
「モーセは手に神の杖を持っていた。」 出エジプト記4:20


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


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by jcfa | 2011-11-08 10:46 | Service(礼拝) | Comments(0)

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